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ゼロからさきへ

「知りたい!」「面白そう!」「なになに!?」に溢れた毎日

歳を取るってことは、そこにストーリーが見えてくるってこと

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1年くらい前に見た、ヨルタモリというTV番組で、秋元康さんがたしか、

 

「歳を取るってことは、そこにストーリーが見えてくるってこと」

 

って語ってた。

 

 

そこで秋元さんが語ったエピソードまでは覚えていないけど、その意味はだいたいこういうことだった。

 

 

 

たとえば、ここに1本のボールペンがあるとする。

コンビニで間に合わせのために買うような数百円のボールペンではなくて、文房具屋で自分にしっくり来るものを選んで買うボールペン。

 

 

それを見て、大人は微笑んだりする。

「そういえば、卒業と就職のお祝いにとゼミの先生がボールペンをくれたっけ。課題の講評は厳しかったけど、いつもその後飲んで語り合ったな。先生元気かな。ボールペン、今は棚にしまってるんだっけ。帰ったら引っ張り出してカバンに入れよう」

 

 

それを見て、大人は切なくなったりする。

「そういえば、彼は元気かな。いつも使い古したボールペンと手帳を持っていて、メモや予定管理は絶対手書きってこだわってたけど、今もあのボールペン使ってるのかな」

 

 

こうして、一般的には特別ではない何気ない物や何気ない風景・何気ないシーンに感動できる。

なんでもないものが特別になる。

 

そんな特別が量的にも質的にも増えるのが年を取ることだと、秋元康さんが語っていた。

 

 

なんてロマンチックな世界の切り取り方だろうって、あの時も今も思います。

 

 

秋元さんは、隠れていたものを見えるようにした

 


公共広告機構 CM 『黒い絵』

 

このCMは「子供の発想力は、大人の予想を超える」というメッセージを発信する印象深いCM。

こんな風に、世の中では「子供の発想力は豊か」といわれることが多いです。

 

 

だからこそ、秋元さんの「歳を取るってことは、そこにストーリーが見えてくるってこと」ということ、年配者のほうが豊かに発想を広げることができるという切り口に、私は目を開かれる思いがしたのかもしれません。

 

 

 

人は、目に見えるもの、言葉として耳に入ってきた情報で他者を判断します。

 

子供は、多くのことを報告してくれます。

他者に認識されることをゴールとするなら、子供の発想に無駄打ちは少ないのです。

 

 

一方、大人の発想力は人の目に触れにくい。

一般的に、大人はその場を意識した振る舞いをします。

冒頭の例のように、店頭でボールペンを見てストーリーが浮かんだからといって目の前にいる店員さんを捕まえてそのストーリーについて詳細を語ったりしません。

発想は目まぐるしく働いているのに、他者に認識されることをゴールとするなら、大人の発想は大多数が無駄打ちに終わっているのです。

 

 

そんな、人に見られることなく浮かんでは消えていく儚い発想を秋元さんは美しく切り取りました。

 

「歳を取るってことは、そこにストーリーが見えてくるってこと」

 

そう語れる歳の取り方をしたい。