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ゼロからさきへ

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「美しさ」にこだわる日本人には「儀式」が必要だった:日本のいちばん長い日

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元旦、『日本のいちばん長い日』を見ました。

終戦の日、1945年の8月15日の「玉音放送」までの丸一日を描いた作品。

一昨年リメイクもされましたが、1967年に公開された白黒映画の方を。

 

日本は他に例を見ない「負け知らずの国」だった

第二次世界大戦は日本が初めて経験する「敗戦」です。

 

当時日本は、外国との戦いに破れたことがない稀有な国でした。

 

「戦後」さえも実感したことのない現代の若者の私は、戦争に対して生理的嫌悪感があります。しかし、当時の日本は国民全体として戦争歓迎の風潮があったそうです。(昨年、平和祈念展示資料館に伺った時、職員の方と語り部の方がおっしゃっていました)

 

戦争をすれば勝って生活が潤う。戦争はそんなものだと、信じるとかではなく当たり前に思っていたそうです

 

美しい負け方は知っていても「賢い負け方」は知らない日本

日本は平和な国でした。日本人同士で戦うことはありましたが、「そんなことをしている間に他所に攻められて滅亡してしまう」というような状況ではありません。

 

だから「潔く死ぬ」という選択が生まれたといえるかもしれません。

一つの共同体の中でなら、「自分が責任を取って死ぬから、他の仲間は見逃してください」で幕を引くことができるからです。「滅亡」という感覚に乏しいために、負け方は美しく洗練されていったのかもしれません。

 

 

その象徴が第二次世界大戦の負け方の下手さでしょう。

第二次世界大戦は、欧米諸国が日本の戦況に立たされたならもっと早くに終戦へ動きはじめていたといわれています。賢い負け方をするからです。

 

「賢い負け方」へシフトするには「儀式」が必要だった

『日本のいちばん長い日』の大きなストーリーは、遅ればせながら「賢い負け方ルート」を歩み始めた首脳陣と、「美しい負け方ルート」のままに終わった青年将校たちのぶつかりです。

 

なぜ、年配者である首脳陣が変化することができ、若者である青年将校が変化することができなかったのか。その違いは年齢や立場・考えの深さ・責任の重さなどにあるのではなく、「自分の変化」を美学化できたかどうかにあるように思います。

 

その違いを生んだのは「天皇陛下のお気持ちを受けた」という体験の有無なのではないかと思います。

 

天皇陛下のお気持ちを受けるという「儀式」

首脳陣は直接に天皇陛下のお気持ちを受けました。

天皇陛下ご自身が「このままでは我が民族は滅亡する」と現状を明言化され、その上で「私にできることならなんでもする。直接足を運ぶこともする」と「負け」の向こうのご自身のネクストアクションまで明確に示されたのです。


これは、キリスト教の「洗礼」にも匹敵する「儀式」だったのではないでしょうか。

 

天皇陛下は、日本を取り巻く空気から誰もが薄々感じつつも直視してこなかったことを明言し、その先にある苦痛を伴いそうな未体験の行動を率先して行うと明示なさったことは、人情を大切にする者にとっては凄まじい体験だったでしょう。

 

 「儀式」から取り残されてしまった青年将校

反対に、青年将校にはそれほどの「儀式」はやってきませんでした。

首脳陣が方針転換を語ったでしょうが、彼らのそれは「天皇陛下のお言葉を受ける」という体験には及びません。「自分を信じた部下が大勢死んだ」「共に戦った仲間が死んだ」そんな思いを抱えて硬直している人たちを「賢い負け方ルート」に移すほどのエネルギーは持ち得なかったでしょう。

 

 

 

1945年版の『日本のいちばん長い日』は、史実を実直に描いているように思いました。登場人物の心境は「心の声」ではなく全て行動で描かれます。特にナレーションが多用される前半はドキュメンタリーを見ているような感覚にもなります。見る人によって、見るタイミングによっていろんな捉え方ができそうです。これに対し2015年版は違う描き方がなされているよう。そちらも見てみよう。