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ゼロからさきへ

「知りたい!」「面白そう!」「なになに!?」に溢れた毎日

それホントに伝わってる?:その「伝えた」って実感、「ただ喋りきっただけ」かも

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「何回も言ってるのになんで分かってくれないんだろう」「私、言ったよね」「前にも伝えましたよね」というようなコミュニケーションエラーが起きたとき、つい感情的になってしまいます。

 

そうして感情的になってぶつかるのも少年・少女漫画的で好きなんですが、社会に出たらそうもいってられない場合が多い。

 

なので、場合分けして考えてみました。

 

「伝える」には4段階ある

「分かる」に段階があるように、

・頭で理解した

・意識すればそれを行える

・無意識にもそれを行える

・人に分かりやすく伝えることができる 

 

「伝える」にも段階があると思います。

1. とにかく喋りきった(けど相手は理解していない)

2. 相手が伝えた内容を理解した(けどそれに魅力を感じておらず行動を起こさない)

3. 相手が伝えた内容に沿った行動を起こした(けど継続するほど魅力的ではなかった)

4. 相手が伝えた内容に沿った行動を定着させた

 

そして、「4. 相手が伝えた内容に沿った行動を定着させた」ときだけが、誰に何の文句も言われず、コミュニケーションエラーも起きない「伝える」だと思います。

 

 

「分かりました」って空気を読んで取り敢えず言う人もいる

ちょっと具体化するために、こんな場合で見てみます。あえて4から1へと。

伝え手「このショートカットキーを使うと効率がいいから使ってね」

受け手「分かりました」

 

 

「4. 相手が伝えた内容に沿った行動を定着させた」

相手がそのショートカットキーを覚えて習慣的にそれを使うようになった場合。

 

「3. 相手が伝えた内容に沿った行動を起こした(けど継続するほど魅力的ではなかった)」

伝えた直後はそのショートカットキーを使っていたが、徐々に使わなくなってしまった場合。

 

「2. 相手が伝えた内容を理解した(けどそれに魅力を感じておらず行動を起こさない)」

相手はそのショートカットキーの操作方法は理解したものの、行動を起こさなかった場合。

 

「1. とにかく喋りきった(けど相手は理解していない)」

伝える側は伝えたと思っているものの、正確には伝わっていない場合。

 

相手はその場のノリで(もしくは空気を読んで)「分かりました」と言ったけど、実は右から左に抜けているということもあるでしょう。正直、私はプライベートではよくやってしまいます。

 

もしくは、伝え手の言い方が受け手には高度すぎるのかもしれません。伝え手は「commandプラスPで印刷できるよ」と言って伝えたと思っているけど、受け手はPC初心者で、伝え手が同時押しという意味で使った「プラス」を連続押しと理解したという場合なんかがそうでしょう。

伝え手は「伝えた」し、相手も「分かった」と言ってくれたのです。

受け手は「理解」したし、それを行動に起こしてもみたのです。

それぞれの主観では自分に否はないし、コミュニケーションエラーも感じません。でも、全然成り立っていないから支障をきたす。一番お互いにとって「言ったのに伝わらない」「伝え方が悪い」となってしまう状態かもしれません。

 

どちらにしろ、相手が理解したかどうかを確かめずに「喋った=伝えた」と捉えているということで一括りにしてみたのが、この「1. とにかく喋りきった(けど相手は理解していない)」状態です。

 

 

こうして場合分けしてみると、 私、コミュニケーションエラーを感じたときに見当違いの対策を取ってしまっている場合もたくさんあるようです。

私はコミュニケーションエラーを感知したときに「これってこういう意味のある作業なんだよ」って語りがちです。でも、相手が「1. 理解していない」状態だったら意味のないコミュニケーションの上乗せ……。

 

 

段階が違えば、対処法も違う

こうして段階ごとに考えてみると、段階によってコミュニケーションエラーの原因も違うし、効果的な対策も違うことがおぼろげながら見えてきました。それをここで明文化してみたいと思います。

 

1. 相手にとって過不足ない情報を与えられた?

「1. とにかく喋りきった」けど相手が理解したのかすら分からないのなら、相手にとって労なく理解できる伝え方ではなかったのかもしれません。もしくは、相手の聞く体勢が整わないうちに畳み掛けて話してしまったのかもしれません。相手の立場に立って、相手が余裕を持って聞けるタイミングを伺ったり、相手にとって過不足ない情報を与えられたかを見直すべきかもしれません。

 

2. 「自分にとって試す価値あり」と思える言い方をした?

「2. 相手が伝えた内容を理解した」けど行動に変化がないのなら、相手はそれを理解しはしたけど、「自分にとって試す価値あり」とは思っていないのかもしれません。

たとえば、私が「鋼の錬金術師は、主人公の兄弟が何度打ちのめされても前に進むところが見どころで……! だから、ぜひ見てみて!」とアニメを友達に進めたとします。友達は「鋼の錬金術師は成長譚である」ということは理解しました。しかし、その友達は「成長譚を見る」ことに自分のくつろぎの時間を使いたいとは思いませんでした。だから、その友達は私の言ったことを理解はしたけど、残念ながら鋼の錬金術師は見てくれないでしょう。でも、その人が年配者が活躍するシーン好きだったとしたら、私はこう言い添えることができます。「鋼の錬金術師は、おじさん・おばさんも活躍するところがカッコイイ作品で……!」そうすると相手は「なら鋼の錬金術師を見てみよう!」と思うかもしれません。

こうして、相手が「自分にとって試す価値あり」と思える言い方に寄せていくと相手が行動を起こしてくれる可能性が高まるんじゃないかなと思います。

 

 3. 納得できる展望があると確信できてこそ人は変わろうとする

「3. 相手が伝えた内容に沿った行動を起こした」けどそれを継続しなかったのなら、相手は行動してみたものの継続するだけの魅力は感じなかったのかもしれません。

 

……講師業をする私にはここの難しさを痛いほど感じます。その場で伝えるべきことを理解してもらい、その場で試してみていただくことまではできても、それを私がいないときにも行っていただくこと、そしてそれを半永久的に行っていただくのは本当に大変なことです。日本語の自然な歌い方にしても、自然な笑顔の練習方法にしても、相手はそれに興味があるから私を呼んだり・私のところに来たはずなのに、それでも相手に継続的な行動を起こすことは本当に難しいことです。

 

ここに対する私の成功体験は乏しく、その上そこから「自分の行いに関する法則性」を見出すこともできていません。だいたいの成功の要素が受け手側にあるから。

ただ、いろいろ試してたことを整理したくもあるのですが、すでにこの記事だいぶ長いので今回は割愛します。

 

 

 

「伝えた」ってことをただ場合分けしてみました。コミュニケーションエラーってつい感情的になりやすいので、そのときにはこの場合分けを思い出してみることにします。そうしたら少しは冷静に、その状態を良い方向に向けるために自分ができることを探せるようになるかな。